TOKYO TRAVELOGUE東京紀行
深淵なる日常
2022 Winter
朝晩とだいぶ冷え込んできた、とあるウィークデーの昼過ぎ。枯葉を踏みしめる自らの足音を心地よく耳に感じつつ、ポケットに手を突っ込んで肩をすぼめながら様々に色付いた木々を楽しんでいると、一際存在感のあるイチョウの木が眼前に現れた。
確かな威厳を肌で感じ、慌ててポケットから手を出し、背筋を伸ばして食い入るように魅入る。気がつくと、数十分が経過していた。
それもそのはず。このイチョウは植物学のエポックメイキングとなった標本らしい。その樹齢もゆうに300年を超え、積み重なった歴史を静かに見守ってきた。
ここは元々秀忠の命で本郷から白山神社が移設され、後に綱吉幼少期の居邸、白山御殿が創られた地。1684年、その綱吉によってこの地に御薬園が創設され、そこに端を発する日本最古の植物園。1723年には吉宗によって養生所が設置された、まさに徳川ゆかりの地なのである。
48,880坪もの敷地内に、台地、傾斜地、低地、泉水地などの地形を活かした多種多様な植物が配置され、白山御殿時代の日本庭園もしっかりと残されている。因みに庭園内の低地にある池は養生所で使用した台地の井戸と同じ水位にあって、水が染み出すために人工の水は一滴も入れていないという、自然のままの池とのこと。
そんな確かな歴史と豊かな自然が重層的に積み重なった、とても都心とは思えない風景に初めての訪問者は圧倒されるに違いない。
ただ、落ち着いて周囲を見渡すと、人は決して少なくはない。ゆっくりと散策しながら撮影を楽しむ老夫婦、ベンチでくつろぐ母親と幼子、そして所々に整備する方々。決して派手さはないもの、穏やかで温かい人々の表情で溢れている。望んでも得難い、芳醇なる日常がここにはある。
ここはストレスフルな現代人にとって、自分を取り戻すリセットボタンの有力候補になり得る地だ。次回はもっと早い時間から、ゆっくりと、そして思いっきりこの地を感じようと誓いながら、あっという間に閉園の時間を迎え、しかたなく帰路に就いた。